變化のはなし

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#011 ベテランが辞める時代に、経験は誰が受け継ぐのか

2026.09.02

こんにちは、野田知寛です。このところ社外の方と話していると、定年延長とか再雇用とか、シニア人材の活用に関する話題が本当に増えたなと感じています。少子高齢化や人手不足を考えれば当然の流れなんだろうなと思う反面、話を聞いているうちに、どうも人の数だけの問題として捉えるのは違うのかもしれないなと思うようになりました。というのも、「○○さんが辞めたら困るなぁ」という発言の裏には、その方が持っている知識はもちろん、これまでに積み上げてきた経験に頼らせてもらうことができなくなるからなんだろうなと。では、どうやってその経験則を伝承していくか、今日はそんな知の伝承に関する話。


親方の隣をつくる
先日、建設会社がベテラン社員や親方の知見を活用したAIを活用しているという記事を読みました。若手の現場担当者が困ったことや疑問を入力すると、過去の事例やベテランの知識をもとに回答してくれる仕組みらしいのですが、私が面白いなと思ったのはAIの性能そのものではなくて、「親方の隣に若手を立たせる」ということを別の形で実現しようとしている点でした。

建設現場に限りませんが、設備保全、製造、物流、インフラの保守など、いわゆるフィールドワーカーと呼ばれる仕事には、マニュアルだけでは説明しきれない判断がたくさんあります。機械の音がいつもと少し違うとか、振動に違和感があるとか、問題ないはずなのに何となく嫌な感じがするとか、そういう話になると急に言語化が難しくなって、理由を聞いても「長くやっていると分かるんだよ」と返されることが少なくありません。若い頃は、そういうものは職人の勘みたいなものだと思っていましたが、実際には何百回、何千回と現場を見た結果として蓄積された経験が頭の中で無意識に処理されているだけで、本人が説明できないからといって根拠がないわけではないんですよね

置いてあるのに誰も見ない
もちろん企業も今まで何もやってこなかったわけではなく、社内Wikiを作ったり、ナレッジベースを整備したり、過去のトラブル事例を整理したり、動画マニュアルを作ったり、知識を残そうという取り組みは昔からありました。ただ、正直なところ、運用まで含めてうまく回っている例はそれほど多くなかったように思います。知識を持っている人ほど忙しいので記録する時間がない一方で、現場は毎日少しずつ変わるので文書はすぐ古くなり、数年経つと検索しても欲しい情報にたどり着けなかったり、そもそもどこに載っているのか分からなかったりして、「それなら○○さんに聞いたほうが早いよね」という結論に戻ってしまう。皆さんの会社にも作った時は期待されたのに、今はほとんど更新されず、たまに検索しても古い情報ばかり出てくるので誰も開かなくなったシステムが一つや二つあるのではないでしょうか

探しに行かなくなった
生成AIが出てきて変わったのは、知識の質というより知識との付き合い方なのかもしれません。これまでは人が探しに行っていましたが、今は報告書や日報、作業記録や技術文書をAIに参照させておけば、「この症状だと何が考えられるか」と聞くだけで関連する情報を引き出せるようになりました。さらに最近は、新しい報告書や手順書が追加されるたびに知識ベースへ取り込み、回答履歴を見ながら改善していく仕組みも増えているので、以前のように誰かがWikiの記事を一つひとつ更新し続けなくても知識が循環するようになってきています。もちろん運用管理が不要になるわけではありませんし、誤った回答を防ぐための整備も必要です。ただ、少なくとも「知識があるのに見つからない」という問題は以前よりかなり小さくなってきたように思います。

何を残したいのか
こういう話を聞いていると、知の伝承という言葉そのものが少し変わってきているような気もします。昔は若手がベテランの後ろについて覚えるしかありませんでした。同じ現場を経験し、同じ失敗をして、時には怒られながら何年もかけて身につけていく。でも今は人材不足もあって、昔と同じ時間のかけ方はなかなかできません。

一方で、現場には相変わらず経験が必要な仕事が残っています。そうなると、人を残すという発想だけでは足りなくて、経験をどう残すのかという話になるのだと思います。もっとも、AIが親方の代わりになるとは思ってはいません。若い頃に失敗して落ち込んだ話とか、お客さまにこっぴどく怒られて眠れなかった夜とか、そういうものまでデータ化できる気もしませんし、する必要もない気がします。ただ、現場でふと迷った時に「あの人ならどう考えるだろう」と聞ける相手を残せるのだとしたら、それはそれで大きな変化なんだろうなと思います。最近、「○○さんが辞めたら困るんですよ」という話を聞くたびに、その人自身を残すことはできなくても、その人が現場で見てきたことや考えていたことの一部なら、以前よりは残しやすい時代になったのかもしれないなと。

次回は、AI全盛期におけるマネージャの仕事についてです。それではまたこの場で会いましょう。
 

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