こんにちは、野田知寛です。今年のお盆休みは長めのお休みを取れた方も多かったのではないでしょうか。私もしばし骨休めをしまして、「プラダを着た悪魔2」を観てきました。一流ファッション誌「ランウェイ」の存続危機を軸に、雑誌のデジタルシフト、企業のM&A、SNSを駆使した情報戦と、まさにいま現実の世界で繰り広げられているようなストーリーで、純粋に楽しめると同時に、いろいろと考えさせられました。
メディアの変化は、いまも続いている
なぜそんなことを考えたかというと、ちょうど8月6日に、産経新聞が東北6県での産経新聞とサンケイスポーツの発行を11月30日で休止すると正式発表し、話題になったからです。2024年には富山県で、2025年には近畿圏の夕刊を廃止してきた流れを見ていると、大きな驚きはなかったのですが、読者層の先細りと輸送費の高騰という二重苦がくっきりと見える出来事だなと。
新聞全体の数字を眺めると、その厳しさはより鮮明です。総発行部数は1997年のピーク約5,377万部から、2025年10月には約2,487万部へと半減以下。1世帯あたり0.42部まで落ち込みました。 かつて1,000万部を超えていた読売がいまや約520万部、朝日は約320万部、毎日と日経は100万部台、産経は約76万部です。どこも右肩下がりの状況が続いています。
具体的な事業収支はもちろんわかりませんが、部数の少ない地域ほど1部あたりの印刷・配送コストは重くのしかかる。極端に言えば、運ぶだけで赤字を生む地域が出てきてもおかしくない。そうなれば、紙面を待っていた読者にも、いずれデジタル版への移行を促していくことになるのでしょう。長年、朝に新聞が届くという体験を支えてきた人たちの矜持も、地域とのつながりも間違いなくあるはずですが、利便性の高い方へと流れができるのは、歴史が何度も証明してきたことです。問われているのは、その流れの中でどんな付加価値を再構築し、それをどう「稼げるモデル」に変えていくかが問われているのだと思います。
変化に成功したメディアは何をしたのか
ここで、うまく変われた例に目を向けてみたいと思います。世界で一番わかりやすいのは、あの映画の舞台でもあるアメリカのニューヨーク・タイムズでしょう。同社も2000年代から15年ほど、収益も利益も落ち続け、「もうだめだ」と言われていました。ところが2011年にデジタル課金へ舵を切り、いまや有料購読者は1,200万人超。 では、何をしたのでしょうか。読者の行動データを徹底的に分析して、どんな記事が購読継続につながるかを見極め、料理レシピの「Cooking」や製品レビューの「Wirecutter」、クロスワードといった、新聞とは別の収益源を次々に育てた。 面白いのは、それまでタブーとされてきた「編集とビジネスの分離」をあえて崩し、記者が読者データと向き合うようにしたことです。
国内にも、健闘している例があります。日経電子版は2010年の創刊から、大手紙で唯一デジタルシフトを軌道に乗せ、有料会員は約106万人に到達しました。 個人だけでなく、法人向けの「日経電子版 FOR OFFICE」が3万社を超え、学校の探究学習の教材にも入り込んでいる。 「読む」メディアから「読んで、使える」メディアへ。 しかも英フィナンシャル・タイムズの買収や経済データサービスまで含めて、収益の柱を広げています。
この二社に共通するのは、紙をそのままデジタルに移しただけではない、という一点です。媒体を替えることがゴールなのではなく、読者一人ひとりのデータを起点に、課金・法人・教育・イベント・コマースと収益源を多層化し、「情報を届ける」から「読者の課題を解決する」へと価値の定義そのものを組み替えている。翻って考えると、日本の多くのメディアがまだ広告収入に依存しているなかで、アフィリエイトや会員課金、企業向けサービスといった稼ぎ方への転換こそが、次の一手なのだろうと思います。
問われるのは「媒体」ではなく「稼ぎ方」
そして、この話は決して出版業界に限ったことではありません。運ぶだけで赤字になる、という構図は、いろんな業界に形を変えて現れています。人口の少ない地域に商品を届ける物流も、店舗を維持する小売も、対面を前提としてきた金融の窓口も、来店を待つ飲食も、そして紙とハンコを前提としてきた多くの事務作業も、同じ壁の前に立っています。かつては当たり前だった「届ける」「構える」「対面する」というコストが、需要の細りとともに、じわじわと採算を圧迫しているのです。私たちが手がける人材育成や研修の世界も、例外ではありません。会場を借り、人を集め、一日拘束するという集合研修のモデルそのものが、まさに「運ぶコスト」の問題を抱えています。
では、何から考え始めればいいのか。私は、「媒体を変えること」からではなく、「誰の、どんな課題を、いくらでどう解決しているのか」という一点から問い直すことだと思っています。紙をデジタルに替える、集合研修をオンラインに替える。それは手段の置き換えにすぎず、そこで思考を止めてしまうと、コストが少し軽くなるだけで、稼ぎ方は何も変わりません。ニューヨーク・タイムズも日経も、まず読者のデータと向き合い、「この人は本当は何にお金を払いたいのか」を突き詰めたところから、収益の再設計が始まっています。自社が本当に提供している価値は何か、その価値を最も必要としているのは誰か、そしてその人はいくらまでなら払うのか。この三つを、既存のビジネスモデルをいったん脇に置いて考えてみる。そこからしか、次の稼ぎ方は見えてこないのだと思います。運ぶコストが重荷になるなら、運ばずに、しかもより深くつながって稼ぐ。その設計を描けるかどうかに、あらゆる事業の生き残りがかかっているのではないかと。
次回は、今回書くはずだったシニア世代の知の伝承についてお届けします。それでは、またこの場で。