變化のはなし

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#007 人が育つことの、投資対効果

2026.06.30

 こんにちは。チェンジの野田知寛です。人的資本経営という言葉が世の中に浸透し、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことが経営の要件となりつつあります。有価証券報告書での情報開示が求められ、投資家も人への投資の中身を注視する時代になりました。しかし、そうした潮流の中にあっても、人材育成に対する投資の効果というものを経済指標で明確に測ることは、依然として難しい。これは、人材育成に関わるすべての人、すべての事業者にとって、変わることのない永遠の命題だと感じています。今日は、そんな変化のはなしです。

■ 人的資本経営と「育成効果測定」という課題
「育成の効果をどうやって測るのですか?」この問いを、これまで何度もいただいてきました。実は若い頃、この問いに対して少々生意気な答え方をしていた時期があります。「育成そのものを3年間やめてみてください。そうすれば、それまでの育成がどれだけの効果を生んでいたか、身をもってわかりますよ」と。今思えば、本当にバカな物言いだったと反省しています。その当時にお会いいただいた皆様にお詫びします。ただ、人が育つということの価値は、やめてみて初めてわかるほどに日常に溶け込んでいるものだということ、それだけは伝えたかったのだと思います。

■ カークパトリックモデルと現場のリアル
もちろん、育成の効果を体系的に測定する方法論は存在します。その代表格が、1959年にドナルド・カークパトリック博士が提唱した4段階評価モデル、いわゆるカークパトリックモデルです。研修直後の「反応」、知識やスキルの「学習」、職場での「行動」変容、そして組織としての「結果」。この4段階で育成施策の効果を階層的に評価するフレームワークは、60年以上経った今でも世界中で標準的に語られています。理論としては非常に明快で、誰が聞いても「なるほど」と頷ける。レベル1の満足度アンケートから、レベル4の業績貢献まで、上位に行くほど測定の難易度は上がるけれども、経営へのインパクトも大きくなる。美しいモデルです。

しかし、実際の現場では、レベル1の「研修は良かったですか?」というアンケートで終わっている企業が大半です。モニタリングする指標を定めるところまではできても、それを継続的に測定し、育成のPDCAを回し続けることは、なかなかどうして至難の業でもある。レベル3の行動変容を30日後、60日後、90日後に追いかけるには現場の上長の協力が不可欠ですし、レベル4の業績貢献に至っては、育成施策以外の要因が複雑に絡み合うため、因果関係を切り分けること自体が極めて困難です。理論は美しいが、運用は泥臭い。それが、カークパトリックモデルの現実だと思っています。

■ 行動変容を起点にした育成の捉え直し
しかし、ここに変化の兆しがあります。テクノロジーの進化によって、育成施策実施後の行動変化の「量」と「質」を、日々の振り返りや定点でのアセスメントを通じて測ることが可能になってきました。もちろん、それは売上や利益といった経済的効果を直接的に示すものではありません。しかし考えてみると、経済的効果というのは、ある意味で遅行指標なのです。行動が変わり、その変わった行動が積み重なり、やがてチームや組織の成果に現れ、最終的に数字として表れる。つまり、行動変化の量と質こそが先行指標であり、その先行指標を定点で観測し、施策のPDCAを回し続けることで、結果として経済的効果が上がったかどうかを見て取ることはできるはずです。もちろん、育成施策だけではない。採用、配置、評価、組織文化、市場環境、さまざまな要因が折り重なった上での結果ではありますが、少なくとも「何も測れない」という時代からは、確実に前に進んでいます。

話は少し逸れますが、大谷翔平という人物を知らない人は、もはやいないでしょう。彼が世界最高峰のプロ野球選手であることは疑いようがありませんが、その所以を一つ挙げるならば、子どもの頃から書き続けてきた「野球ノート」にあるのではないかと私は思っています。小学3年生の頃から父・徹さんと交換日記のように始めたそのノートには、今日の練習で何を意識し、何に取り組み、どんな結果だったのか。コーチや監督からどんなアドバイスをもらったのか。そして、明日の練習では何を意識するのか。それが毎日、毎日、綴られていた。良かったこと、悪かったこと、改善すること。これはまさにPDCAサイクルそのものです。計画を立て、実行し、振り返り、次のアクションを定める。この地道な営みを少年時代からひたすら繰り返し続けた先に、あの圧倒的なパフォーマンスがある。そう考えると、「人が育つ」とはどういうことかという問いの、一つの答えがそこにある気がするのです。

大谷選手自身も「野球ノートを書いていなかったら今の僕はいない」と語っています。そして興味深いことに、甲子園を目指す日本の高校球児たちもまた、野球ノートを日々綴っています。それが書籍になっていたりもする。スポーツの世界では、日々の振り返りと行動の修正を積み重ねることの価値が、ごく自然に受け入れられている。ところが、ビジネスの世界では、研修を受けたあとの振り返りや行動変容のモニタリングは、まだまだ「面倒なもの」「やりっぱなし」で終わることが少なくありません。この差は、なかなかに考えさせられるものがあります。

結局のところ、人が育つということに対して特効薬がないことは、誰もが分かっているのだと思います。一回の研修で劇的に変わることはないし、一つの指標で育成の価値をすべて語り切ることもできない。でも、だからと言って、成果も効果も測らぬまま大枚をはたき続けることが許される時代でもない。人的資本経営が経営の本流に位置づけられた今、育成への投資には説明責任が伴います。だからこそ、施策を企画検討し、実施した後に、行動変化の質と量をモニタリングし、その結果を踏まえたネクストアクションを設計する。この一連のサイクルを愚直に回し続けることが、育成の投資対効果を高める道なのだと思います。

派手な答えは、ありません。でも、大谷翔平がノートを書き続けたように、日々の小さな振り返りと修正の積み重ねこそが、人を育て、やがて組織を変えていく。その営みを、テクノロジーの力を借りながら、もっと多くの現場が自然に実践できる時代が来ることを、私は心から願っています。人が育つことの投資対効果は、測りにくいからこそ、測ろうとし続ける姿勢そのものに価値がある。そんなふうに思うのです。

次回は、スポーツ×オークション×地域未来についてです。それでは、またこの場で。 

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