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| <『ビジ・コレ』第11号〜福岡県〜> |
研修とコンサルティングの株式会社チェンジ Presents
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『ビジ・コレ』第11号〜福岡県〜
(ビジネスコミュニケーション、コレでいこう!)
〜全国いろいろ”ご当地ビジネス”〜
ビジネスの「引出し」を増やしビジネスコミュニケーションの
「きっかけ」となる、コレだ!というネタをお届けします。
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読者の皆さま
こんにちは。株式会社チェンジの矢橋です。
ビジ・コレももう11回目。折り返し地点を過ぎました。
こうして日本のいろいろな県を見てみると、各地の「ご当地ビジネス」
にはさまざまなきっかけがあったことがわかります。
伝統の延長線上のもの、有志の信念や夢がかたちになったもの、
地域の特性と行政の政策がミックスしたもの、などなど・・・
改めて日本は広く、多くのドラマがあったことも気付かされます。
さて、今回は、九州は福岡県を『ビジ・コレ』します。
福岡といえば明太子ですが、この白いご飯には欠かせない美味しい
名産品も地域の特性によるものなのです。
とはいえ、そもそも明太子の素材であるタラコの親、スケトウ鱈は
北の魚であり、九州では漁獲できません。
実は、もともと明太子は韓国の食材であり、戦後に輸入されたものです。
昔から朝鮮半島との交易の窓口になっていた九州は、韓国の食材を
扱う上では、地理的・文化的に有利であり、福岡の名産品となった
わけです。
ちなみに、タラコの親、スケトウ鱈のことを韓国で「明太(ミョンテ)」
というそうです。それで明太子なのですね。
前置きは、この程度にしておきまして、地域の特性と行政の政策が
ミックスした、熱く、固いビジネスのネタが今回のテーマです。
舞台は福岡県北九州市の八幡製鉄所です。
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◆◆◆八幡製鉄所の設立◆◆◆
「八幡製作所」のことは教科書で勉強された方も多いのではない
でしょうか。1901年(明治34年)、政府の「殖産興業・富国強兵」
の政策をうけて設立されました。
ここ福岡県八幡の地が選ばれたのは、近くに筑豊炭田を有し、また
防備しやすいということが理由でした。
というのも、先行して創業した岩手の釜石の製鉄所(後の釜石鉱山
田中製鉄所)は、鉄鉱石の産地に近いものの、鉄鉱石の3〜4倍の
量が必要とされる石炭については産地ではありませんでした。
結果的に、石炭不足から高炉内の温度が維持できず、すぐに製鉄所が
停止してしまったという反省があり、八幡製鉄所は、石炭産地の
近くに建設されることになったのです。
◆◆◆鉄と石炭◆◆◆
ここで、簡単に鉄のつくり方をご紹介しておきましょう。
鉄の原料となるのは鉄鉱石ですが、それだけでは鉄はできません。
まずは、高炉内で目詰まりしないように、鉄鉱石に石灰石を混ぜて
焼き固めます。これを”焼結”といいます。
次に、鉄鉱石から鉄分を取り出します。そのためには、酸素を
取り除かねばなりませんが、そのときの還元剤として”コークス”を
用います。
こうして鉄鉱石から取り出された鉄が、”銑鉄(せんてつ)”です。
銑鉄は炭素をはじめ多くの不純物がまじっているため、転炉や
電気炉で不純物を取り除いて”鋼(はがね)”をつくります。
さらに鋼を圧延することで、はじめて鋼材が出来上がり、やっと
出荷できる状態になります。
銑鉄をつくるプロセスで必要なコークス。これは石炭を1000度以上で
蒸し焼きにして得られる固体燃料です。
鉄をつくる中で、石炭は非常に重要な要素なのです。
なんだか夏の暑いときに、火傷しそうな内容で申し訳ないですが、
何気なく使っている鉄製品ができるためには、この夏の最中でも、
高炉で働く方々がいらっしゃるおかげと思うと、大切に使いたくなります。
◆◆◆筑豊炭田◆◆◆
さて、八幡が官営製鉄所の場所として選ばれた大きな決め手となった
「筑豊炭田」は、福岡県北九州市を中心に広がっています。
筑豊炭田の歴史は1478年の「燃える石」の発見までさかのぼると
されています。その後、1700年ごろから福岡藩によって管理される
ようになり、この地域の産業として発達していきました。
「燃える石」の伝説:福岡県大牟田市商工会議所ホームページ
http://www.omutacci.or.jp/08-sight/07-moeruisi/moeruisi-right.htm
1869年(明治2年)、政府は石炭鉱山を民間に開放することに決め、
以降開発が進むようになります。
八幡製鉄所の建設が本格的にはじまった1989年(明治31年)には、
三井鉱山と三菱鉱業といった財閥による開発もはじまりました。
その後も開発は続き、一時は日本の石炭生産量の60%を占めたことも
ありました。
第2次世界大戦後も筑豊炭田の操業は続きますが、石炭から石油に
燃料が移行した「エネルギー革命」により、炭鉱は急速に衰えを
見せるようになりました。
そして1976年(昭和51年)、筑豊最後の貝島炭鉱が完全閉山し、
筑豊炭鉱の長い歴史もついに幕を下ろします。
現在では、炭坑節にも歌われた福岡県田川市の旧三井田川鉱業所
伊田竪坑第一・第二煙突(通称「二本煙突」)が登録文化財の
対象になるなど、当時の面影をしのばせる産業遺跡も少ない
ながらも残されています。
また、炭鉱の長い歴史は、直方市にある直方石炭記念館で詳しく
見ることができます。
炭坑節の煙突 登録文化財に:
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/culture/heritaging/fukuoka/ 20070616/20070616_001.shtml
直方石炭記念館:
http://www.nogata-navi.com/sekitan/index.html
◆◆◆八幡製鉄所から新日鉄へ◆◆◆
さて、話を八幡製鉄所に戻しましょう。
製鉄の技術をあまりもっていなかった日本は、ドイツから
「お雇い外国人」を招聘します。
先回の富岡製糸場も同様に、フランスから「お雇い外国人」を
招いていましたね。
当時、ビスマルク首相の「鉄は国家なり」(正確には、
『ドイツ統一は民主主義ではなく、鉄と血で成し遂げられる』
という内容のようです)という言葉通り、ドイツはルール地方に
代表されるような製鉄所を多く持っていました。
操業当初はドイツ人技師と日本人の職人の間にもさまざまな確執が
生まれ、技術も安定せずなかなか生産量が上がりませんが、その後
コークス炉を製鉄所内につくり、試行錯誤を続けた成果もあって、
1906年(明治39年)の第1次拡張計画、1911年(明治44年)の第2次
拡張計画、1918年(大正7年)の第3次拡張計画と、順調に生産量を
増やしていきました。
なお、八幡製鉄所は当初農商務省の管轄でした。「富国強兵」の
背景には、「民間の産業が盛んになり、国民の生活が安定し、そして
軍備を強化する」という思想があったからです。
それゆえ、軍需産業ではなく、工業用の一般鋼材もつくることの
できる製鉄所を目指してつくられたといいます。
1934年(昭和9年)、林立した民間製綱所との無用な競争を避ける
ため、八幡製鉄所を中心に民間会社が合同して日本製鐵株式会社が
設立されました。
そして戦後の1950年(昭和25年)、過度経済力集中排除法にもとづき
日本製鐵株式会社は解体されます。
第2会社として八幡製鐵株式会社(八幡製鉄所)、富士製鐵株式会社
(室蘭・釜石・広畑の各製鐵所・川崎製鋼所)、日鉄汽船株式会社、
播磨耐火煉瓦株式会社が設立されます。
1970年(昭和45年)、再び八幡製鐵と富士製鐵が合併して
新日本製鐵株式会社となり今日に至ります。
新日鉄の歴史:
http://www0.nsc.co.jp/company_profile/enkaku/index.html
また、八幡製鉄所の一部は、現在スペースワールドとなり、
多くの人たちに親しまれています。
スペースワールド:http://spaceworld.co.jp/
◆◆◆製鉄所を支えた宿老◆◆◆
創業以来、製鉄所の技術を拡張を支えてきた存在として「宿老」が
あります。
「宿老」とはもともと鎌倉時代や江戸時代、幕府の老中や藩の家老
を呼んだものですが、八幡製鉄所の「宿老」制度は、優れた熟練工
を抜擢し、技術水準を維持・向上させるためのものであり、定年の
ない終身勤務制度でした。
宿老第1号の田中熊吉は「高炉の神様」と呼ばれ、98歳で亡くなる
まで高炉に勤務していました。
宿老制度は、1946年(昭和21年)任命、7人目の山岡熊雄が最後と
なりましたが、第1号の田中熊吉が1972年(昭和47年)に98歳で
亡くなるときに、他の6人の宿老はすでに全員他界していますから、
まさに田中熊吉ではじまり、田中熊吉で終わった、神様のための制度
と言っても過言ではないでしょう。
宿老制度の終了は、製鉄技術が確立し、神様の「経験と勘」に
頼らないでもよくなったことを示唆していますが、それでも
神様の「技」は今になっても新日鉄で生き続けています。
◆◆◆『華麗なる一族』◆◆◆
山崎豊子の『華麗なる一族』を小説やドラマでご覧になった方も
いらっしゃると思います。
華麗なる一族である万俵家が運営する「帝国製鉄」は新日鉄が
モデルになっているとも言われます。
時代は変わり、いまは「華麗なる一族」に見られるような、
「鉄は国家なり」という時代ではありません。
しかし、電車の先頭車両に乗って先に続く線路を眺めていると、
国家近代化の流れの中で国家の骨格をつくることに情熱を燃やして
いた人たちの気持ちがわかるような気がします。
きっと、テレビドラマで木村拓哉さんが演じたような熱い鉄鋼マンが
当時の製鉄所には沢山いたのではないでしょうか。
もちろん現在でも鉄鋼は重要な産業です。
輸出品ナンバーワンである自動車などの輸送用機器にもなくては
ならない素材です。
まさに、日本近代化の象徴とも言えますね。
今度九州に行ったら、ボタ山でも眺めながら、近代日本を形作った
多くの職工の人たちに思いを馳せてみようと思います。
もちろん、明太子とホカホカご飯も一緒に食べながらです。
◆◆◆今週の「ビジ・コレ」活用例!◆◆◆
福岡県といえば・・・
・明太子って何で明太子って言うか聞いたことありますか?
・スペースワールドって行ったことありますか?
八幡製鉄所の跡地できたらしいですね。
・筑豊炭田にはボタ山とか産業遺産がたくさんあるらしいですね。
・八幡製鉄所がルーツの新日鉄には「宿老」っていう
定年のない制度があったらしいですね。
なんていかがでしょうか。
来週は、太平洋に広く面した静岡県を『ビジ・コレ』します。
お楽しみに。
◆◆◆『ビジ・コレ』ご当地紹介スケジュール◆◆◆
来週:静岡県
13:徳島県
14:三重県
15:山口県
16:石川県
17:滋賀県
18:広島県
19:福井県
20:京都府
◆◆◆ 要望・体験談・コメント募集! ◆◆◆
目次以外にも取り上げて欲しい都道府県・会社があれば、
ご要望をお寄せ下さい。
今回のテーマに関連しそうな皆様の経験談をお寄せください。
また、ご意見・ご質問等も、下記までご遠慮なくお願いします。
info@change-jp.com
◆◆◆ 株式会社チェンジとは? ◆◆◆
私たちチェンジは、社名の通り企業のお客様を対象に「変革」の
お手伝いをしています。
具体的には、コンサルティングと企業研修の2つの事業を通じて、
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する企画段階からその企画の実行まで、幅広い支援を
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